脳梗塞 回復期の症状・経過、リハビリ内容と後遺症

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2016年3月14日、脳梗塞発症。
10日間の急性期の治療後
3月24日、リハビリ専門病院に転院。

国立医療センターは建て替えられて間もないので
とっても美しかったのですが
こちらは若干、年季が入ってます。

ですが、私が入院するのはリハビリ病院の
「回復期の患者さんのための」病棟なので
お年寄りが多く、車いすや杖、足や手に装具を付けてる方は
多いけれど活気がある感じです。
全体的なイメージとしては明るい印象でした。

私の部屋は4人部屋でおばあちゃんばかり・・・。
私と同世代の患者さんは見当たりません 😥

 

主治医の先生は女性。
私の担当リハビリの先生方もみな女性です。
そしてリハビリの先生、みな若い・・・。
娘とほぼ同世代です。
最初に主治医の先生から現在の病状、状態のお話と
どの状態まで戻るのか、戻していくか など
リハビリ内容の説明を受けました。
およその入院期間は3ヶ月といわれました。

 

体幹失調
車イスにすわって話を聞いてのですが
最初に「身体が右に傾いてますね。これは体幹の失調のためです」
将来的に杖が必要になるでしょう 😯
右に傾いているなんてその時点では、自覚がありませんでした。


右上下肢失調
リハビリで動くようになるし、自力歩行も可能
ただ・・・杖がいる。
「杖・・・・・・」これはちょっとショックでした。
「リハビリをすれば治る」と安易に考えていましたから。
でも今は、大事な私の相棒です 😳

 

嚥下障害
だいぶ回復してきてるのでこのままリハビリを続けていく。
「とろみ2」ということで、これが軽いのかどうか分かりません。
また、倒れて2~3日はかなり戸惑いましたが
私の障害の中では比較的軽いほうだったと思います

 

左半身の温痛覚低下
治療は特になく、完治は難しい。
痛みが分からないので
「やけどやケガに気を付けてください」と言われました。
別の記事でも書きましたが、あとあと、右の麻痺より手強いです  😕

 


現在も苦労している眼については、
最初の説明の時は「その内に良くなるでしょう」と笑顔で言われました。
2か月めくらいも「若いから治るでしょ」といつも笑顔で言われてました。
入院3ヶ月目くらいになると
「発症後、3ヶ月半ほどが過ぎました。これだけの期間が過ぎても
眼の状態が良くないので眼の完治は難しいかもですね・・・」としんみり言われました。
「話し違うじゃん 😯 」と思いましたが
その頃は片目でスマホなどでワレンベルグ症候群のことを
調べていましたので、うすうす気づいてもいました。

ただこの頃は、食事ですら、チラチラして
おかずが何かわからない事もありましたので
今、パソコンを扱えるのは、十分進歩だと思います

 

リハビリの先生からは
退院後のために自宅を見たいとのこと。
場合によったら手すりやスロープがいるかなどを
確認して下さるらしく、なかなか熱心です。

ただ私の場合「ケガ」による脳梗塞発症のため
介護保険が使えないそうです。
何のために払ってきたのやら 👿
たとえばスロープを付ける時、介護保険が使えれば1割負担ですが
私は使えないので全額負担です。
また、退院後のリハビリも保険適用外になるとのこと。
これはかなりキツイですよね。
先生方は「入院中にできる限りのリハをしましょう」と言われました。
「はい」とは言ったものの、具体的なイメージがつかめず
不安な気持ちでいっぱいでもありました。

そのあとは 担当してくださる
理学療法士、作業療法士、言語聴覚士 の各リハビリの先生方と、
ちょっとえらい感じのリハビリ先生方が
お話し合いをしながら私の現状をことこまかに調べられました。
お話し合いの結果・・・。
リハビリは 作業療法・言語聴覚・理学療法 の3つを行うことになりました。

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初めのころ、作業療法・言語聴覚士 のリハビリは
「頭の体操」的なものが多かったです。
体力的には理学療法の「あし」のリハビリが一番ハードでしたが
病気のせいだったのでしょうか…
簡単な計算や聞き取りみたいな頭を使う作業がとても億劫に感じました。

 

作業療法

最初は頭の体操的なものと手、腕の運動を並行してましたが
10日目ぐらいから手、腕、足の運動中心になりました。
右半身のまひがあったものの
おはしも筆記具も使えましたので右手の麻痺は軽かったのだと思います。
ただシビレは今も残っています 😥
主な運動内容は
握力を付ける運動やおはじき等を利用した指先を使う運動、
まっすぐ立つ練習、ボールを持って歩く、棒を使った体操など。

 

言語聴覚

トランプを使ったり、電卓での計算、間違い探しなど
脳トレ的なものが多かったです。
脳をやったせいでしょうか…
簡単な計算や聞き取りみたいな頭を使う作業がとても億劫に感じました。
それでも1ヶ月もすると結構楽しみながらできました 🙂
ただ、脳トレ的なモノは「眼」で見ながらの作業がほとんどでしたので
目まいがあるときはつらかったです。
また、最初の内は片目が許されましたが2ヶ月目ぐらいからは
「できるだけ両目で」を推奨され、苦労しました。

ある日、TVを見てたら「認知症の早期発見」みたいな特集をしており
行われてる実験が、前日のリハビリで行ったものとかなりかぶっていました。
ちょっと複雑な気分でした…

 

理学療法

右足が全くダメでしたので
リハビリの時間も一番多く取ってありました。
最初は寝たまま腹式呼吸や足の運動、マッサージなど。
これがどんどんハードになり結構へとへとになりました 🙁
平行棒を使ってひたすら立つ練習、横歩き、足の踏み出し、
階段の上り下り、ただひたすら歩く、マット上の運動。

鏡を見てまっすぐ立つ練習。
この短銃な動作がむずかしく、大変でした
体幹失調があったため、立った時点で身体が右に傾いているのです。
まっすぐにしても数秒で右に傾いてしまうのです 🙄

歩く練習もすぐに始まりましたが
退院まで続いたのが眼の調子の歩きへの影響。
眼が不調(目まい、ゆれ)の時は
即効、歩きや立つことに影響し、苦労しました。

4月後半に歩行器デビュー
異常な速さになってしまい慌てて止められました。
歩いたというより、歩行器に連れて行かれた…という状態ですね。

5月後半までは歩行器と車イスを併用。
歩行器生活は6月いっぱい。

7月より杖のみ。

退院時にできなかったのが、片足立ち。
なんと、退院後4か月半(発症8ヶ月半)も今でも10秒も立てません。
が、10秒はできるようになったので15秒に挑戦中です

 

こんな感じでリハビリの毎日が始まりました。
入院期は3か月半に及び、 急性期の入院期間をも含めると4か月。
1年の3分の1を病院で過ごしたのですね・・・。
発症から8ヶ月。
後遺症は大きいものから軽いものまでいくつかあります。

でも、お見舞いに来てくれた方に
「生きてさえいれば、いろんな可能性がありますよ」
新婚2年目に、ガンでご主人を亡くされた30代の後輩の言葉です。
体調不良の原因が「小腸がん」という珍しいがんだったため
発見が遅れ、若さもあり、進行も早かったそうです。
生まれた娘ちゃんが1歳とちょっとになったころ亡くなりました。

痛みが分かる人のとても重く、深く、真実味のある言葉でした。
記事を書きながら改めて、
後遺症に何か負けないぞ!と言う気持ちになりました。

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