脳梗塞発症と原因、前兆と症状

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2016年3月中旬。
転倒が原因で脳梗塞を発症し
4か月の入院を経て、今は自宅で戦っております。

 

脳梗塞発症のきっかけ

2016年3月。
道路で派手に転倒。
おでこを強打し、とっても痛かったものの
通りすがりの自動車やら人やらたくさん。
私は何食わぬ顔で立ちあがり、そそくさと歩きました。

職場は目の前。
職場につき、おでこの痛さに鏡を見ると・・・
でっかいタンコブが。
本当は職場の仲間にも隠しておこうと思っていたけれど
こんなでっかいタンコブ、前髪で隠れない 😥

 

3月。我が社は年間で一番忙しい時期。
「病院に行くべき」という多数の意見に
「大丈夫、大丈夫」と答えつつも
実はちょっと心配で、ネットで調べると、
タンコブができたならいいよ!みたいな記述があり
ひと安心し、いつも通り働いたのであります。

2日目

右首から肩にかけて筋肉痛らしきものが・・・。
年を取ると2日目に出てくるのネ 😥
そしてひざやうでに、結構、青タンできてました 。
それでも繁忙期をけなげに、めまぐるしく働きました。

タンコブができたら内出血が下におりてくるから
目の周りが青あざになるらしい・・・  😯
接客業の私は「左目に青あざ作って店頭に立つってどうよ・・・」と
そんな心配をしておりました。

今にして思えば、右首の痛みも十分な異変だったのですが
自覚した異変は3日目から始まりました。

3日目

転倒から3日目頃から、右半分だけに頭痛が・・・。
もともと頭痛持ちのため鎮痛剤は常備してました。

「頭、痛いなあ 😥 」と頭痛薬飲んだものの
心の底ではなんとなく不安がありました。

痛み方が右半分だけで…。
なんとな~くシビレ感あるような…。

あとになって思えばの話ですが
何となくおかしいなと思いつつ
「大丈夫、だいじょうーぶ」と
自分に言い聞かせていたように思います。

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異変からの119番 

4日目

「頭痛薬、効いた~~」爽快な朝を迎え
仕事に行く準備をしてるとまた右半分の頭痛が・・・

やはり一度病医院に行ってみようか、と思いつつ
車に乗り、エンジンをかけ2~3メートル動いたその時。

右半身にサーとしびれが。脈も速くなってる気配。
自分で119番にTEL。
話そうとすると、ろれつがおかしい。
それでも救急隊の方は聞き取ってくれ、すぐの向かうとの返事。

この時はまだ歩けて、自分で玄関に戻り
娘を大声で起こし
「救急車呼んだ!クレジットカード暗証番号教えとくね」とか
そんな話をしたような・・・。

思いのほか、救急車は早く来てくれたものの
この時にはもう一人では歩けませんでした。

娘が私のタンコブの写メを救急隊員に見せていました。
「お母さんおしゃべり方はいつもと違う?」と娘に聞いている。
私は息が苦しい気がしたけれど
これは嚥下障害のせいだったらしい。
ツバを飲む。という当たり前のことができない。
ツバが飲み込めないって、何とも言えない苦しさです。

 

病院到着

私は病院に着いたら、点滴やらなんやらの処置をしてくれ
このきつさはなくなる…と思っていたのだけど
点滴はしているものの、CTやらMRIやら検査ばかり。

その時点での自覚症状は
「飲み込めない」こと「身体のだるさ」
どこにも痛みなどはないのですが
とにかくきつかったのだけは覚えています。

また、検査の結果を話されることもなく
検査ばかりが続き、不安でいっぱいでした。
私はどうなるんだろう、手術とかするのかな、助かるのかな…。
ココは病院だし、意識もちゃんとあるし、死んだりしないよね…。
そんな不安な気持ちをずっと感じていました。

先生が何度が左右の足に何かを這わせ
「どっちがイタイ?感じ方は一緒?」と聞かれます。
「左はあまり感じません。右は痛いです」
この検査(?)を4~5回されたような・・・。

あとで知ったのだけど
これこそがワレンベルグ症候群の大きな特徴の1つでした

 

脳梗塞発症

夕方になり、先生から
「転倒し、おでこを強打した時の反動で首の後方に脳梗塞が起きている」と
説明を受けた。 😯
いろんな説明をされたもののほとんど覚えていない。

救急処置室から、移されたところは
常に看護師さんがおり、男性女性関係ない、
とにかく大きい部屋。ICU?

私はきつくてきつくてどうしようもなかった。

脳をやられるってこんなにきついんだ…と思いながら
熟睡できず、1時間おきくらいに
言いようのないきつさで目が覚め、また寝るの繰り返し。

周りの患者さんの叫び声も結構すごかった。
でも男性の声しかしない。
「ココがイタイ、アソコがいたい、きつい、苦しい」

寝たきりで分からなかったので
娘に「ここには男性患者しかいないの?」と聞くと
「いや、普通に女の人もいるよ」

私もきついし、ツバ飲めないし、熱いし。
でも言ってもどうにもならないからひたすら耐えた。

ここでも女の強さを感じた 😉

 

51歳5ヶ月目の私の長い長い闘病生活の始まりでした。

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